ブラックバスはどうやって日本に来たか?
 
 今現在では、日本の各地の湖沼で繁殖しているバス達。 もともとはアメリカ合衆国生まれの外来魚です。このバス 達がどのようにして日本に運ばれてきたのかを、簡単に記 しておきます。
 大正14年、実業家の赤星鉄馬氏によって移入されまし た。赤星氏は釣りの愛好家でもあり、日本のルアー&フラ イフィッシング創世紀に大きく貢献された方です。
 赤星氏は、青年時代にアメリカに留学。アウトドア・ラ イフのすばらしさを知り、ブラックバスと出会います。そ の時の印象として、非常に食味に優れた魚である、と述べ ている。本当に美味しかったのかは謎ではあるが、魚を食 べることが一般的であり、当時は当然の事ながら、ゲーム ・フィッシングなんて言うものが存在しなかった日本には、 食用魚とした方が持ち込みやすかった、との見方も有る。
 これだけ楽しくて、美味い?魚なんだから、日本に移入 させたいと考えたのが大正2年頃。しかし難問山積、稚魚 の入手困難と、輸送上の問題等。さらに希少魚ということ で、アメリカ国内でも他州への持出しが禁止されていたの を、学術研究用という名目で、ようやくアメリカ政府の許 可を得たのが大正14年。実に十数年の歳月が流れていた。
 苦労の末、アメリカから旅立ったバスの稚魚は300余 尾。しかし、当時の輸送は過酷を極めた。当初は山梨県の 山中湖に放流する予定であったが、学術研究用という名目 で移入されたという経緯もあって、旧帝大淡水実験所のあ った、神奈川県芦ノ湖に放流されました。箱根の山越えは、 今であれば車でサッと行けるのでしょうが、当時の状況を 考えると、本当に頭が下がりますね。
 苦難を乗り越えたわずかなバス達が、今や日本全国に繁 殖し、私達を楽しませてくれているというわけです。
 バスと出会い、そして、日本に繁殖させてくれた赤星氏 に感謝!!ですね。